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 既に一般紙などでも報道されているが、熊本の私学の名門(名門も色々あるが鎮西の場合開学が古い)学校法人鎮西学園鎮西高等学校野球部員の「いじめ裁判」が熊本地方裁判所で進められている。熊本地裁に提訴したのは平成24年6月30日、元鎮西高校野球部員であったS君(発達障害がある)とその両親のN夫妻である。

 原告側によると中学校時代にピッチャーとして活躍していたS君を「鎮西野球部に」と勧誘したのが当時のT副部長である。S君自身も鎮西高校野球部に憧れていた事もあり、"特待生"としての入学を希望した。S君の両親は「Sに発達障害がある」として即答を避けたが、T副部長の熱意を信頼し入学に応じた。しかし入学後の野球部は、S君が描いていた理想とは大きく懸け離れたものであった。先輩部員からの無視は仕方がないとしても同級生も冷たかった。一方でS君を勧誘したT副部長は、S君が入部直後から激しい言葉で罵り、暴言を吐いた。S君は外見は普通の学生と変わらないが、叱責や暴言に強い拒絶反応を示す所謂"発達障害"を持つ。本来なら庇う立場のT副部長が「ボコボコにしてやるぞ」とか「殺すぞ」の暴言をS君に浴びせたのである。この暴言にS君の繊細な神経は傷つき、自転車で通学途中に車道に飛び出す衝動に駆られた事もあるという。その様な状況下、同年6月12日午前、鎮西高校内でS君は同級生のMから撲る蹴るの暴行を受けた。医師の診断書は「2週間の傷」と判断した。一方暴行を加えた生徒に対してT副部長は暴行を加えて制裁した。これらを目撃したS君はその後恐怖心の為登校出来なくなった。この一件についてS君の母親が6月18日鎮西高校を訪れ応対したM教頭に事実関係の確認を求めたが、M教頭は「目下調査中なので、即答は出来ない」と回答し、問題解決の動きは感じられず、誠意も窺えなかった。


鎮西高校側応対に誠意ない
県警に告訴するも受理されず
 翌19日も電話で学校側の応対を確かめたが「Tは否定している」と冷たい返事であった。21日両親は診断書を添えて県警に被害届を提出するとともにT副部長を告訴した。同月25日精神保健指定医の診断書を得て県高野連(菅浩理事長)宛に告発した。翌26日鎮西高校から電話がN氏宅にあり、学校に来てほしい旨告げられ、両親が学校に出向いた。応対したのはM教頭とT事務局長の2人で、1時間余り話合いの末、学校側(前記2人)が「T副部長に事情を聞いた所、暴言の事実を認めた」としてS君の両親に謝罪した。しかしS君と両親は「学校側に誠意が見られない」として同6月30日、880万円の損害賠償を求めて熊本地裁に提訴するに至った。熊本地裁では3月の第1回は口頭弁論に続き五月に2回目が開かれたが双方が陳述書の提出の段階であり、本格的弁論は秋以降になると思われる。尚、県警への告訴については二件とも不受理となっている。


特待生はうそ、ほんと!?
何故T副部長は勧誘したか
 前述した様にS君は中学時代、投手として活躍した。高校野球部長や監督が注目して当然である。S君は鎮西高校野球部に憧れていたので鎮西のT副部長から声を掛けられた時は大喜びした。しかしS君は"発達障害"を抱えていた。その事をよく知る中学の野球部監督はTに対して何度も念押ししている。又、S君の両親も「それでもいいのか」と何度もTに確認したが、Tの答えは「充分承知している上でのお願いだ」であった。しかもTが交渉に訪れたのは高野連が交渉開始基準としている「中間テスト、共通テスト後」より2、3週間早かった。S君から話を聞いた中学校の野球部員達の間で話題に上った一事を見ても、その早さが分かるであろう。「Sは特別学級で学んでいたのでTの他M教頭を交えて話し合ったが、その時妙にT副部長がそわそわしている感じが強かったのを覚えています」とS君の母親は語る。入学を承諾したS君宛に届いた合格通知は「特待生D」であったが、後に他の同期生に聞くと皆Dであったという。問題が拗れた後M教頭は「うちに特待Dはない、Cまでだ」と嘯いたが、今は消されている同校ホームページにはDクラスが出ており、関係者はプリントアウトして所持している。


熊本県高野連
不祥事通報するも無視
  熊本県高校野球連盟(菅浩理事長)では加入高校野球部員の非行事件等が生じた場合「直ちに報告」する様規定している(某高校野球部長談)が、鎮西高校側は一連の不祥事について報告を行っていなかった。県高野連の対応に不信感を持った鎮西高校野球部OBの父兄が暴行事件と学校側の応対を高野連菅理事長(済々黌高校)に通報した。この通報で菅理事長は「事件を初めて知った」とされ、「6月27日に鎮西高校に対し速やかに報告するよう指示した」と回答したものの提出日の指定は行っていなかった。平成24年は7月7日から全国高校野球選手権熊本大会が予定されており、事件の進展次第では鎮西高校の参加が危ぶまれる状態にあった。結果的に鎮西高校の全国大会出場はならなかったが、若し出場が決定した後これら不祥事(別欄に掲載)が表面化したらどの様な対処をしたのであろうか。

 県高野連の対応の鈍さに業を煮やした父兄は「熊本鎮西高校の不祥事について」と題した"告発文書"を日本高野連宛に郵送した。この文書は同年7月25日本紙にも届いたが発信者の住所氏名がなかった為本紙は直ぐ取材に動かなかった。その為日本高野連、熊本県高野連がどう動いたかは分からないが、「鎮西高校に何のお咎めもなかった」と関係者は語る。



平成24年 野球部員が強盗傷害
自転車窃盗でも検挙
県高野連処分見送る
 鎮西高校野球部員の不祥事が絶えない。昨年だけでも1面で述べた様にS君が同じ野球部員のMから暴行を受け、これが致命傷となって不登校となった(後にMとは金銭的に示談が成立している)。S君と野球部T副部長の暴言問題が解明出来ない真只中で、今度は野球部員の1人が「強盗致傷容疑」で熊本北署に逮捕された。

 事件は、平成24年6月11日深夜に発生した。熊本市西区上熊本のディスカウント店「ドン・キホーテパウ上熊本店」でゲーム器など数点の商品を万引きして逃げようとした3人組に店員が気付き大声で「待て」と云いながら追った。3人組は傍に止めていたスクーターで逃走しようとした時、近くに居た男性会社員が3人組を阻もうとしたが、3人は抵抗してバイクを発進、バイク後部を掴んで止めようとした会社員は数10メートル引き摺られて手を離したが、この際手足に軽傷を負った(関係者談)。3人組は店側の110番通報で捜索に当っていた警察官に捕まった後強盗傷害(事後強盗傷害か)で逮捕された。バイクは無職少年の物と云われ、2人の高校生の内1人が鎮西高校野球部員のHであった。この件を契機に、かねてから野球部監督に不満を持っていた現役野球部員やOBの保護者が県高野連菅理事長に事件を知らせた。

 保護者らが、事件が報道されていると告げて「初めて事件を知った」と菅理事が回答したという。「高野連規則では各学校に、不祥事が発生した場合、速やかに報告する事を義務付けているが鎮西高校はこれを怠っていた」とOB保護者らは怒りを露にする。菅理事長は「学校側の報告を待って対処する」と返答したが、結果的に鎮西高校には何のお咎めもなかった。この年鎮西は県大会で優勝しなかったが、若し優勝して甲子園出場が決った後この問題が表面化した場合、果して出場出来たのであろうか。この事件の前の4月には同校野球部員の1年生が南区川尻駅でバイクを乗り逃げして捕まっている。内部的でも野球部2年生2人が校内で喫煙して発覚無期停学処分を受けた(後に自主退学)。又、野球部E監督の父が経営する同校野球部寮で寮生(1、2、3年生)ら数人がトランプ賭博を行い数万円の金が動いた。この行為は同じ寮生の1人がE監督、T副部長に知らせた(証言者数人あり)が両名が注意しただけで不問に付され闇に葬られた。


体育授業の出鱈目
E監督が気侭に点数付与
 今年も全国の高校球児の球宴、夏の甲子園大会に向けた熊本県大会が7月6日から始まる。県下の各高校野球部も最後の調整に力を入れている事であろう。所で野球部員を含めサッカーなど各スポーツが「体育授業の一環」である事をご存知であろうか。所謂体育科目の中の実技がそれである。鎮西高校野球部を例に挙げると、野球部員は1年生が水曜日の5、6時限目が充てられ、木、金曜は4時限(午前11時45分)から6時限(午後3時5分)までが、野球の実技授業時間である。学校から鎮西グラウンド(益城町平田)までは送迎バスで運ばれる。片道約30分弱、往復で1時間弱だが、この時間も授業時間に含まれる。水曜は1年生だけの為バスは送迎1回づつだが、木、金は1回だけでは全野球部員を運びきれない為2回往復となる。E監督は午後12時過ぎにはグラウンドに来て部員の到着を待つ。E監督は九産大に4年間在籍したが野球に熱中したせいか体育教員としての免許を取得しないまま実業団のホンダ技研熊本に入社した。同社の野球部で活躍していたが、平成12、13年頃鎮西高校体育館管理人として採用された(学校関係者、OB談)。現在の正式職名は事務職員で野球部監督と云われている。当人の採用については、同校OBの有力県議が仲介したと云われている。

 E監督が就任した前後、鎮西高校は知名度の向上を目指し野球部の強化に力を入れだした。県内の中学校で目立つ選手らを奨学生として集めて篩にかけるのである。厳選して勧誘するならともかく、要は「数集めて力のない者は落す」のがEやTの方針らしく入部後E監督に気に入られなければ赤点を付けられ単位不足となって進学が難しくなる生徒も多いと云われる。T副部長は一時野球部長に就いたが、社会科の免許しか持たない事が判って副部長に降格、前部長であったK女史が部長に返り咲いたと云われる。E監督は前述の様に教員免許がないにも拘わらず部員らに「もたもたしとると赤点を付けるぞ」と怒鳴る事も再三という。本来は体育教員免許を持つK教員が採点すべきだが、このK女史もいい加減な授業しか行ってなく、E監督の云いなりと見たが誤りであろうか。


教員の意欲削ぐ偏向人事
 学校法人鎮西学園鎮西高等学校は明治21年10月、浄土宗学鎮西支部として創立された古い歴史を持つ。明治38年4月鎮西中学校に組織変更した。

 教育理念は仏教の教えを基本に誠実な人格形成を目指す。昭和23年4月教育改革により鎮西高等学校が発足、前年に鎮西中学校を併設、中高一貫校となった。昭和38年4月、大学進学校として真和中学校、真和高等学校を新設、熊本に於ける進学校の一画を占めるに至った。この頃、熊本市内に私立高校が続々と開校したが、近年の少子化で生徒の奪い合いが始る。鎮西が力を入れたのはスポーツ部門で、柔道、剣道、野球の他陸上やサッカーなどにも力を入れている。教育現場で重要な位置を占めるのが教員の質である。鎮西高校では「教育に熱心な先生程上と衝突をして退めていく」と云われる。この面でも記した様にT副部長は、当初野球部長であったが、社会科の免許しか持たなかった為副部長に降格されている。そのTがいつの間にか鎮西高校から消えた。同僚教員さえ行方を知っている者が居ないと云われている。S君の裁判では被告の立場にあり、次回の公判で所在が明かされる筈だ。

 同校のトップは鎮西学園の基を築いた上田祐規理事長兼校長で、副校長に子息の上田道隆氏が就任、校務を運営している。道隆氏は感情の起伏が激しい人柄と云われ、周囲には胡麻擂りばかりという。M教頭を始め、T事務局長(共に公立高校長退職者)、N生徒指導部長らが取巻きとされる。中でもT事務局長は校長のお気に入りとかで教職員らの人事にも深く関与する立場にあると云われる。ある教員は「この3人が本校を牛耳っているといっても過言ではなく、一般教職員との仲はしっくりいっていない」と語る。教職員組合と学校側の対立も激しいが係争の多くは学校側が勝訴している。



鎮西高校から益城町平田の同校グラウンドまで生徒を運ぶ同校の送迎バス



 平成25年5月25日の出来事。この夜筆者は道の上の師であった元大東塾々長影山正治大人命34年祭に参加。祭典、直会が終わって午後9時頃県護国神社を愛車で出て事務所に向かった。三の丸駐車場を通過して新堀橋を渡って右折にかかった。ここは直進して突き当りを右折すれば京町拘置所に至る道である。右折方向に横断歩道があるのでゆっくり右折にかかった。歩道は真暗ではなく、筆者の車はコーナーリングランプも付いているので充分歩道ラインは視認出来た。曲りながら視野の中で旧3号線T字路の信号が赤と分かった。急ぐ必要はなく、ゆっくり右折し終わって直進体制になった途端、前方に男の姿が見えたのである。慌てる事もなくブレーキを踏んで止った。筆者から見て「男が道路に飛び出した」と見えたので運転席のウインドウをすぐ下げた。男は「危いじゃないかこの野郎」と筆者に怒鳴ったので「どっちが悪いのか、お前が飛び出したんだろうが」と云った後2、3遣り取りをした。

 こんな事はよくある事象であり、筆者はそのまま車を発進させようとした所、男が「お前逃げるのか、警察を呼ぶからそこを動くな」と云いながら車の前方からボンネットに被さったのである。何度「除けよ」と云ってもボンネットから離れないので「通行する車の邪魔になる車を寄せるのでどけ」と云ったらやっと離れた。歩道側に車を寄せ筆者は車を下りる。男は30代後半から40代前半の年頃、短髪で目玉がギョロリ、身長170前後、黒の丸首シャツに同系のランニングパンツ、赤線の入ったジョギングシューズだったので「食後ジョギングで熊本城に向かっていた」と判断した。男は「危ないじゃないか車を飛ばして。俺を轢くつもりか」端から喧嘩腰で筆者に詰め寄って来た。間合いは50cm程で、それ以上は接近しないし、手を上げる様子もない。筆者も腕力は弱いが口喧嘩で負けた事はない。「お前が道路に飛び出したんだろうが、このバカ」「何云ってんだよう、お前が飛ばして来て俺を轢きかかったんだろう」と男は標準語に何処かの訛りが少しある。数分云い合ったが、この間男の目は道より少し高い場所に在る家の室に明かりがついていたが、盛んにそちらに目線を走らせている。「こやつあの家人にこの現場を見てもらいたいんだな、証人作りを狙っている」と判断しながら怒鳴りつけるが、相手は益々猛り狂ってくる。「こいつ少しおかしいぞ」と思ったので車に戻ろうとしたが前に立ち塞がって筆者を行かせようとしない。仕方がないので携帯を取り出した所「お前何すんだよう」と云うので「110番するとたい」と答えると一寸怯んだ感じであった。

 110番で担当者に繋がったので「一寸トラブっているんですが」と云ったら「ああ分かりますトラブっていますね」と云ったので「聞こえますか」と云うと「よく聞こえます」と云ったので、携帯を喚きまくっている男の口許に近付けた所、男が携帯を自分に出されたと思ったらしく手を伸ばしたので引っ込め「よく聞こえるでしょう」と云うと県警司令室は「はいよく聞こえます、すぐパトをやりますから場所を教えて下さい」と云うので現在位置を教えた。パトカーを待つ間に云った言葉が面白い。「お前なあ、謝るんなら今がチャンスだよ、パトカーが来たら終りだぞ」と何度も云う。この時はっきりと「こいつは変わり者」と判断して筆者は腕組みをして一切言葉を交わさないようにした。それでも坪井交番からのミニパトが着く10数分間男は筆者を「危険運転者」として責め捲る。やっとパトが来て3人の警官が下車した。男が事情を聞こうとした警官に喰ってかかりだしたので、3人の内2人が男側に、1人の若造巡査が筆者の側に来たので事情を説明し、免許証も提示した。若造は最初は大人しくこちらの云い分を聞いていた後、男の側に居る年配(50代か)の警官の所に報告に行って事情を話している様子であった。戻って来た若造は「相手と車は接触していないんでしょう」と云うので「1m位前で停ったので触る筈がないでしょう」と返答、その後、その若造は「今日は事故にならなかったのでよいが、若し事故になっていたら100:0で貴方の責任になりますよ」ととぼけた事を云いだした。


仲裁も出来ぬ巡査部長
 筆者は「それ位は分かっているよ、だから慎重に運転していて事故にならんだったんだろが、若しがあるか」とこの若造巡査に反論する。筆者はこの時再度「俺は徐行して右折した所にあの男がここ(歩道より6、7mの所)に飛び出した。交通法規では歩道から20m以内は歩道を渡らなければならないとあるだろう」と反論すると黙ってしまった。そして男と遣り合っていた警官に報告して戻って来た。「相手は歩道を渡っていたと云って謝れと云っている」と云うので「俺は謝るような事はしていないので謝らんよ」と云うと又2人組の警官の方に行く。すると2人組がこちらに来た。若造もついて来てその後に立つ。後から若造がこの男を「部長」と呼んだので「巡査部長」と解した。その巡査部長は「相手は横断歩道を渡っていたと云っている。話が食い違っているので2人で話し合え。私達が見ているから」と、とんでも発言をした。

  2人で話合いがつかないから110番したのであって、又あの男の前に行かせて話合いがつくとでも思ったのか。このボケ巡査部長は、筆者と男と云い争わせて、その遣りとりからどちらが正しいか判断しようとでも思ったのかしらないが、警官としてはやってはならない事である。その上筆者が停車した位置とその時の男が居た位置を指差して説明した所「横断歩道の30m以内は横断歩道と見做すとなっている。若しここで(横断歩道から6、7m)事故を起こしたらあんたに弁解の余地はなく100%責任だ」と言い出したのである。しかも高飛車に云うのである。筆者が「ならば横断歩道手前の一時停止ラインの意味はどうなるのか」と少し強く云うと引っ込んで男の傍らに戻った。そして又若造が「相手が謝れと云っている」と云うので「何故謝らなきゃいけないのか」と云うと2人組の警官の所に戻った。この時筆者は「バカ相手にこれ以上付合うのは時間の無駄」と思ったので、戻って来た若造に「謝るぞ」と云うと若造は喜び勇んで?巡査部長の所に行って報告。筆者がバカ男の前に行って「おう悪かったな謝るよ」と云った所「土下座して謝れ」とバカ男。「土下座はせんよ」と云うと今度は方向転換「45度頭を下げて謝れ」と云うのでこれならズボンも手も汚れないからいいかと思って男の前に行き「どうもご迷惑をお掛けしました申し訳ありません。45度だとこれ位かな」と云いながら、2、3回頭を下げた(中学生以来60年振り)。

 男は勝ち誇った様に「気を付けろよなあ。お前の孫が車に撥ねられたらどうすんだよう。悔しいだろう」「はい、御尤もです孫は大切ですからね」と答える(筆者に孫は居ない)。まだぐずぐず云っていたが「俺は忙しいので帰る」と巡査共に云って車に戻った。発進する時若造が「オーライ、オーライ」と誘導してくれたが、いらんお世話、ミニパトが筆者の車の前に停っていたからではあるが、1m位下って出るのにぶっつけはしないよ。若造との会話で「男はジョギング中だったろう」と云うと「はい」と云う。ならば熊本城に向かって走って来て歩道から直進し、態々横断歩道まで行って直角に左折するだろうか。バカ男は筆者の車のスピードを見過ったか、自分が早く渡れると思ったか、考え事をしながら横断歩道手前から斜めに横切ろうとしたと考えるのが自然である。多分ボーとしていたので筆者の車に直前に気付いた。筆者の車は停まっていたんだが、ボーとしていた為、必要以上にびっくりして噛みついて来たのだろう。言葉遣いと、あれだけ怒りを表わしていたにも係わらず筆者との間合いを保っていた事。あれだけ怒り狂っていながら手を出そうとする気配がなかった事。証人を探すような目線の動きから筆者はこの男を「司法関係者」と読んだのである。近くには京町拘置所、地裁、家裁、地検がある。多分この中の一つと見た。よって本紙を前記役所に届ける予定である。人相と言動を書いているので若しバカ男が在職していたら職場で直ぐ分かる筈。冷たい視線を浴びせてほしい。

 所で、前記坪井交番の巡査部長の発言は翌日北署交通課で確認した所「横断歩道から30m以内は横断歩道を渡らなければならない」であり、「追い越しの場合横断歩道手前30mは横断歩道と見做す」と答えてくれた。坪井交番3人組の不勉強である。
  尚後日、巡査部長から「謝っといてくれ」と頼まれたと知人の警部補が来たのを付言する。



 ここでは交通違反取締りの明と暗を書かせて頂く。筆者の実経験と知人の実話である。私怨や単なる感情論と促えないでほしい。地域に一番密着している筈の交番勤務の警官の実態と、法の執行を怯む姿を皆さんに知って頂きたいと思って報道する次第である。

 先ずは左に掲げた駐車違反の車の一件から報告する。筆者が住む団地内の直角のカーブの所に昨年末頃から軽自動車が夜間駐車するようになった。その車は近くのT家の誰かが乗っているものと思われたが、同じ町内でもあり、「その内に何らかの処理(駐車場の増設など)をするものと思って気にしなかった。この車と団地内の小さな公園を挟んだ反対側に3月頃から若葉マーク付きの軽乗用車が駐車する様になった。T字交叉点の真中である(写真3を参照)。ここではかつて我家の車を駐車していて青切符を切られた所である。筆者宅は縦に3台駐車するので、翌朝一番早く出る娘の車が筆者が帰るまでの間駐車していたのである。筆者が戻って見ると青切符が貼られていた。「東署交通課に出頭せよ」とあったので翌日出頭、その際「駐車違反は認めるが、後ウインドウの駐車場認証を照会すれば目の前の家と分かるではないか。駐車スペースを見れば『少時の駐車』と判る筈なのに青切符か」と文句を云った。係は「それは分かるが人からの通報の場合青切符を切らない訳にはいかない」と断言したのである。で、今回の案件だが、T家の軽が半年近く路上駐車し、近くのアパートの男の許に通っているらしい女の軽が長時間駐車を続けた。この地域は東署託麻交番管内であり、昼夜を問わず、日に1、2回地域課や交番のパトカーが回っているらしいので「その内に指導されるもの」と思っていたが違反駐車は続く。そんな時近所の人から「この前ミシンの修理で来ていた人が駐車違反の青切符を切られたが、Tさん方は半年以上駐車を続けているのに指導はない。聞く所によるとTさんは警察と近いらしい」と聞いた。

 5月11日午後10時50分頃筆者は託麻交番に電話をかけ「長期間、長時間違法駐車をしているので取締ってくれ」と云うと応対したU氏は「もう夜も遅いので今から行ってクラクションを鳴らして駐車している人を呼び出すのも近所の人が迷惑するので明日行きます」と云う。筆者は「今現在駐車違反をしていると云っているんですよ。現認して青切符を切って下さい」と云うと一瞬言葉に詰ってしまった。「以前私が駐車違反で青切符を切られた時『通報を受けた場合青切符を切らざるを得ない』と云われた。今私が通報しているんだ、青切符を切るべきではないか」と云うと一寸戸惑っていた感じだったが「今から行ってみます」と云ったので筆者は夕食を済ませ、ウォーキングの為家を出た。その時、T家の軽を見ると居なくなっており、丁度T家の青年らしい人物がラフな服装で自宅に戻った所であった(三叉路の軽はそのままで結局翌日の午前中まで駐車していた)。ウォーキングから戻って入浴中、T家の車の移動は託麻交番の警官が注意して動かした事にむくむくと怒りが湧いて来たのである。そこで風呂から上がると「近くに車を移動させた筈」と思って周囲を探した所、県道を挟んで在る個人経営の月極駐車場に駐車しているのを見つけた。その時は携帯で撮影したが、プリントが出来ないので翌日の夜カメラ持参で駐車中のT家の車を撮ったのが①の写真である。以後毎日同駐車場に駐車しているので車購入の際賃借しているものと判断した。賃借駐車場からT宅まで僅か300m程の距離である。この距離を惜しんで自宅近くに長期間違法駐車を続けた人物の常識が疑われる。②、③は青切符を切らず(筆者が出るまで貼られていなかった)注意だけに終った(と思われる)為、その後も警察が舐められている証しとして掲せた。③の車が数ケ月違法駐車を続けていた軽で、通報後の6月2日の日中にも堂々と駐車していた。②の車も同一場所に夜間数時間以上駐車していた。この他、異なる車種の車が再々同じ場所に駐車する。何れも近くのアパートの男性住人の室に行っている。

 因にT家にはバカ犬が3匹居て、昼夜の区別もなく吠えるので両隣の家人はノイローゼ寸前の状態である。勿論近所の嫌われ者で誰一人相手にしていない。確か「日本国民は法の下に平等」な筈なのに何故託麻交番のU警官は筆者が通報したにも拘わらず親切に深夜T家に行って注意をするに留ったのか。しかもあと1台の軽には警告書も貼られていなかったのは何故なのか(筆者が昼前出る時に見たが貼られていなかった)甚だ疑問である。勘繰れば手続きが面倒で省いたのか。何れにしろ「職務怠慢であった」と断じてもいいだろう。


せこい交通監視員
子供を抱えて家の中へ
僅かの隙に青切符
 昨年の出来事だったと思うが、筆者と親しい人物から駐車違反取締りについて「余りにも不合理だ」と怒りの声を聞いた。詳しく聞いた所、以下の事を話した。「平日の午後買物をして帰宅した妻が自宅前に停車、車内の荷物を出す前に2人の子供を連れて自宅に入った。下の子は小さいので抱いて奥の居間に連れて行き『ここに居なさいよ、お母さんは荷物を取ってくるからね』と云って表に出て車を見た所、その僅か数分の間に通告書が貼られていた」と云うのである。妻は道路の左右がかなり見通せるので、それらしき奴の姿を探したが視野には捕えられなかったという。この違反通告は多分民間委託の「交通監視員」の"仕業"と思われる。県警関係者に確認はしていないが、交通監視員が駐車違反をしている車を発見した場合「5分間監視をして運転者が戻らない場合写真を撮り、周辺部の目印となる所からの距離を計って持参の計器に入力、通告書を出してしかるべき所に貼る」と聞いている。

 駐車違反監視員は警察官の一部職務を代行しているだけで警察官の様に青切符を切る事は出来ない。この時の監視員ら(2人)がこの手順を踏んだかどうかは明らかではないが、通告を受けた人物の感覚としては「はっきり何分かの確信はないが、車から子供を下して家に入れて出るまで5分は要しなかったと思う」と語り、故に通告書を貼った監視員らに怒りを感じたのである。この地域でよく二人連れの監視員が巡回しているのを目撃する。それもあって住民は路上駐車をしなくなった。で、連中の実績が上らなくなる。で、たまたま見付けた「一時停車して子供と荷物を運び入れている」車に大喜びして"急いで"通告書を切ったのではないかと筆者は推察する。反面「中央区並木坂通りはどうだ。白昼堂々と車を離れて店舗内で一仕事している者が増えている。駐車監視員制度が施行後ここはいい"餌場"で殆ど一日監視員が巡回していたが、最近監視員を見掛ける事が少なくなって前記の通り違法駐車が増えたのである。一説では関係者が関係者に頼み込んだらしい。



 1、2面を鎮西高校野球部のいじめ、暴言糾弾第1弾とした。S君への暴行と暴言については、目下地裁で係争中でもあり今後の推移を見守りたい。原告、被告双方の云い分を聞いた上で記事にするのが筆者の責務と思って、鎮西高校にアポを取る為電話をかけた。「校長か教頭先生にお話しを聞きたい」と申し入れたが、数日経って「目下係争中であり取材には応じられない」と電話がかかった。従って学校側に確かめたかった部分は省略して書いている。それにしても同校の生徒管理の杜撰さには驚くばかりである。

 3面、4面は筆者の実体験を有りの儘書いている。紙面に於ける遣り取り以外にも相当頭にくる事があったが省略している。ある意味交番は県警の最前線とも云うべき重要な存在であるが、かくも「いい加減」な連中が勤務しているとは思わなかった。若造と巡査部長(と思う)が云った「若し事故になっていたらあんたが100%で相手はゼロだ」は驚いたが、その言葉を今でも思い出す。「事故にならなかったからいい様なものの」とも云った。事故に至らなかったのは筆者が法規通り運転していたからと思うが、恰も筆者が悪いかの如き言であった。阿呆。





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