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〒861-8034
熊本市東区八反田1丁目14-8

発行者:福島 宏

電話:096-234-8890
FAX:096-234-9883


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熊本市の目算大外れ 観光客の回遊性確保出来ず
"市の広報紙"熊日持ち上げたが

 熊本市、と云うより幸山政史市長が強引に押し進めた熊本城域の「桜の馬場」に建設した「桜の馬場 城彩苑」が開業して半年が過ぎた。熊本市の広報紙と陰口されている熊日も「6カ月で18万人入場」と題して報道していた。その切抜きを何処かにやった(いつものこと)ので内容を論評出来ないが、問題などの指摘はなかったと思う。

 開業1カ月目を見てみよう。熊日は4月5日付県内版で、横見出し「観光施設『城彩苑』開業1カ月『滑り出し好調』」縦見出し「入場者19万人突破」「市は当初、1日当たりの平均入場者数を平日約5千人、休日7千人と見込んでいたが、実際は平日約5千人、休日約1万人と予測を上回った」。下通繁栄会の山田哲大会長は「観光やイベントの自粛ムードが広がる中、今のところ街中に人が流れているという実感はない」と云う。こうした声に対し幸山市長は「城彩苑から街中への新たな人の流れが生み出されているとの感触を持っており、一部商業施設からは『城彩苑開業が震災のダメージを食い止めているとの話も聞く。一定の開業効果は出ている』と強調している」と報じた。

 何の事はない出された数字をなぞり、各立場の者から得た談話を載せているだけである。独自の視点は何もない。幸山市長が云う所の「開業効果」は嘘ではない。新しい物好きの県民性?から地元民が大勢押し掛けたからである。あれだけ事前に市費を投じて広告し、メディアも提灯記事で採り上げれば「一体どんな施設か」と出掛けたくなるのは人情。問題は持続性である。これまで筆者は30人近くの訪苑者の声を聴いた。誰一人とて「良かった」とか「時々行きたい」など云った者は居ない。聴えてくるのは「施設がチャチ」「何の魅力もなかった」「飲食物の値段が高い」「県内業者ばかりで、あそこまで態々行く必要はない」等々であった。そして、下通、上通、花畑町界隈の各種業界の経営者にも聴いた。ある和食料理店主「新幹線と城彩苑効果で来客が増えると期待して日、祝日も店を開けようと思ったが止めました。平日も地元の何時もの顧客だけです」と話す(開業4カ月目)。その他婦人服や装飾品店の経営者も同様の回答であった。その中の一人は「市から城彩苑からの回遊客はあったか、なかったら呼ぶ方法としてどんな手があるかなど色々書いたアンケート用紙が来た。莫迦らしくて適当に書いて出した」と語っている。市が掲げた大義名分「熊本城観光客を中心街に誘う役割を担うのが城彩苑だ」は一体何処へ飛んだのか。城彩苑(敢て桜の馬場を頭につけない。かつてここが桜の馬場であったとの認識は、一部市民しか識らない事であろう。まして県外客には単なる枕詞でしかないと思うので)。

 7月7日付熊日。「『熊本城からまちなか』4割」と縦見出し。「熊本市観光実態調査 回遊性向上なお課題」横見出しで、4月29日〜5月8日までのゴールデンウィークの10日間に、熊本市が行った調査結果を報道。熊本城と城彩苑の2カ所で1000人ずつ計2073人にアンケート方式で聞いた。熊本城来場者の9割が県外から。城彩苑は5割強が県内から。両施設から「中心街に行く、行った」は熊本城で38%、城彩苑でも46%で、市が城彩苑の開設目的に掲げた「熊本城と中心街の回遊性向上」では課題も浮び上った。市は秋に又調査と云っているが…。とちょっぴり正論が書かれている。実は市は現在も、熊本城と城彩苑への人の流れを調査しているが公表するのかどうかは不明。


当を得た「ばってん日記」
毎日新聞城彩苑評

 毎日新聞は、城彩苑開業前の報道関係者向け内覧会での感想を2月21日付、大島支局長署名入りで「ばってん日記」に書いている。記事の中程までは桜の小路物販店と、湧々座の施設などを紹介。その後に大手紙ならではの論評が続く。「ただし施設全体を見て物足りなさも感じた。私は熊本観光の門外漢ではあるが、すでに10カ月、熊本城の近くに住んでいる。『やれるだけのことはやった』と思う反面『総力を集めた結果がこの程度なのだろうか』とも感じた。店舗の顔ぶれの多くは、空港などあちこちで見る業者で、新発見の驚きは少ない。熊本城の見せ方、楽しみ方、解説も想定内の範囲だ。これは半可通にとっての一種のぜいたくな物足りなさではあるのだが…。この新名所は、珍しさから開業当初は大いににぎわうに違いない。問題は一段落した後も持続していけるかどうかである。オールスターを集めただけに、失敗すれば熊本城観光は立ち直れない。成功を切に祈りたい」で締め括っている。

 この論評こそマスメディアの根幹であるが、今の熊日には望むべくもない。毎日に限らず、大手紙の支局長は転勤族である。それ故に一般人より見聞が広く知識も豊富だ。だが、今の熊本市、特に幸山市長は辛口批評を受容れるだけの寛大さは持っていない。




 下の写真は「南御門」という名の城彩苑出入口で、この写真の手前は広場になっている。この門をくぐって正面を見ると集合物販店の建屋が目に飛び込んでくる。すぐ目につくのが屋根上の「五木屋本舗」の看板。その看板を夜も見てほしいとばかり、周囲にはスポットライトが装置されている。



 さて、その前に気付くのが下の写真に見る通り、苑内の飲食店のメニューの看板だ。一般家庭でも玄関口は奇麗にしてあるが、ここでは門をくぐった途端右手にこの看板が立っているのである。正に"田舎の催事場"といった趣だ。思うに来客数が少ない故に、ここまで看板が一人歩きでもしたのか。この看板の後方に櫓風の桜の小路の標示があり、その右手に苑内の案内板があるのである。せめて、その横あたりに置くべきではないか。門に接する様に置かれた各種食べ物のメニューは訪問者の興趣を削ぐ事になりはしないか。この2葉の写真を見て皆さん、何か気付きませんか。お答えしましょう。人陰がない事です。筆者が敢て来苑者を避けて撮ったのではない。暑いので日中を避け、金曜日の午後4時過ぎに写真撮影に行ったのである。勿論、中を歩き回った時は何組か、何人かの来苑者には会った。飲食店も覗いたが、どの店も無人か、数人が訪れているだけであった。



 筆者の感覚と断った上で、初めて覗いた城彩苑の存在感は、毎日新聞社熊本支局長が、開苑前に見て感じたそのままである。全てがチャチで店舗の間取りが中途半端である。露店風ならそれもよい。小じんまりとした間口の店がずらりと並んでいるのも一種の趣だろう。例えば浅草浅草寺の門前街のように。所が城彩苑で「まあまあ」と思えたのが「香梅庵」と、みやげ物、特産品を並べた「旬彩館」位か。但し陳列品に何の新味もないが、香梅庵は当初から建設計画に係わり、出資金も多いから当然か。せめてこの店位の広さを基準とすべきではなかったか。観光客の来苑は一定の時間に集中する。特に団体客がそうだ。短時間に売上げようとすれば広さが必要である。飲食店ではキャッスル直営の「夢あかり」。「ぎんなん」ともに健闘しているように見えた。ぎんなんのビュッフェ(日本名でバイキング)大人1人2000円は値段が手頃か入店者は多い様であった(但し味はいまいち)。



?総合観光案内所 豪華さはホテル並み?
利用者・利便考慮なし

 下の写真の観光案内所は、南御門を入って左に行った所の建物。南西角に在る。車や、バスからの来苑者は、建物南側の通路を来て左折してすぐ。途中男女のトイレが在るのは愛嬌。バスや、自家用車内で尿意を催した人達には救いの場所となろう。但し、当初の「設計、建設計画に関する提案書」に比して広さは半減しているようだが。



 その総合観光案内所だが、確か「誰でも訪れ易く聞き易い様に」と開放的な造りになると見ていたのだが、写真の通り見事なまでに"面倒臭い"設定となっている。?マークを何故こんなに大きくしたのか、凡人の筆者には理解出来ない。

 この写真の右側のガラス壁とドアが案内所の出入口である。先ずここから入ってもすぐ窓口には行けない。南北に長い「エントランス」と呼ばれる廊下の様な場所を横切って、あと一つの自動ドアを入るとやっと「?総合観光案内所」に着く。ロビーを通って奥にカウンターがあり、向う側に職員が居て対応する。ロビーの左手が下の写真だ。各種パンフの間に大型液晶テレビが熊本城を写す。正に至れり尽せりの施設であった。



前川収自民県連幹事長
鷹尾雄二土木部前次長
橋口光徳建設業協会会長

 熊本県は、県発注の建設事業者の再編に乗り出した。名目は「県内建設業界の健全育成のため」と謳っているが、現実は、中小業者の排除に外ならない。現在県内に年間完工高100億の社もあれば、1千万前後で家族を養うのがやっと、と云った零細企業まで約7000社が犇めいている。県はこれらの業者を資本金、1、2級建築士の有無、年間完工高(水揚)を基にランク付けを行っている。土木業は特A、A、B、C、D。建築業はA1、A2、B、C、D、Eに分類。ランクに応じた工事価格帯を設定して(因に特Aは9千万以上)入札参加資格を区切った。特Aは県下に43社在った。

 この特A制度は、昭和40年代に制定されたもので「当時の有力県議と地元大手業者が組んで、群小企業を排除するのが目的であった」と元県議は語っている。県土木部は表向き「地場大手業者を育成し、他県から参入するゼネコンを排除するのが目的」と称していたが、40年を経た現在、年間完工高で100億を超える業者が何社あるというのか。原因の一つに建設業者の怠慢もある。新技術の開発や導入、人材の育成を怠ったからである。儲けた建設業者は、酒や女に金は遣うが、社員の給料は抑えた。その結果、優秀な人材は県外に流出し企業体質の向上はなく、各業種で職人が育たなかった。それを考慮しても、今回の制度改革は疑問だらけだ。特A制度は、昭和47年度から県が土木業者の育成の名の下に制定した。勿論、今回以上に族議員の要望を容れての事だ。しかし、約40年を経た現在、インフラ整備がある程度整った上、公共事業に対する国の投資が狭まった。特A業者は、県発注の9千万円以上の入札参加資格を有しているが、近年業界が潤う程の発注はない。そこで4、5千万の工事にも手を突っ込みだした。加えて、特Aは県振興局管内という縄張りも越境可である所から、人吉、球磨の特A業者が芦北、八代管内の事業に参入し、地元の業者を脅かしていたのが実情だ。ここで見出しの"三悪人"?が出てくる。橋口光徳氏は、県建設業協会会長であり、葛エ口組代表取締役である。勿論特Aランクで(現在はA1)土木業評点11位。前川収自民党県連幹事長、平成19年6月に就任、現在3期目。これまでの慣例では2期4年だが、今年の改選で山本会長共々再任となった。鷹尾元管理課長は、県議に胡麻摺りで昇進を続けた人物。この3人を中心に"業界再編"の美名の下に実行されたのが今回の改革であったと業界古参は語る。

 蒲島知事は「強い業界をつくるための改革」(熊日6月24日付社説)と語っているが、これが全くの出鱈目。下から上ってきた案を鵜呑みで発表したに過ぎない。絶対権力は土木部が握っているのである。新制度下、土木業A1にランク入りした会社は60社。建築は35社と大減少した。これにA2、Bなどの業者が、県発注1千万以上の入札に参加資格が与えられた。しかし県(土木部)の本音は「BCクラスから文句が出ないように、現在は仕事を回しているが徐々に発注を止める予定。将来的にA1に総事業量の60〜65%、A2に残りを出すようになる」とし、最終的にはA1の業者のみが残るような案を立てていると聴いた。勿論橋口会長、前川幹事長と3者合意の上での結論である。県民の税金で成り立っている県がこの様でよいのか。県の評価点付与の出鱈目さと政官癒着は次号で詳報する。



 落水清弘市議に対して「保育園売買の代金として渡した1億2500万円を払え」として起された訴訟は、落水側の完敗で終り、目下高裁で係争中だ。一審の判決文から推して高裁で逆転判決はないと思うが、これは終ってみなければ分らない。

 所で一審で完敗した落水氏の裁判費用を、落水市議が顧問を務めている社会福祉法人の会計から支出されている事が判った。原告は落水氏個人とは別に福祉法人を提訴したが、一審の熊本地裁は落水氏に対し、1億2500万円の判決を下しているのである。法人については賠償の義務がないとして訴えを却下している。従って、落水氏は、裁判に要した費用を個人で支払う義務がある訳だが、乗っ取った?桜ヶ丘福祉法人本部会計から支払った。それも、自身が顧問を務める桜ヶ丘第2保育園の経理区分から一旦本部経理区分に繰入れ、本部経理から支出されている。監査が行われたのは、平成22年8月21日、監査結果通知は平成23年1月付。金額は訴訟関係費用338万3000円。他に顧問料120万円の計458万3000円を第2桜ケ丘保育園に戻すこととなっている。同福祉会には今夏にも熊本市福祉部監査課の監査が入っているが、その際「福祉会の役員でもない落水氏が現場に立会っていた」と云われ、「市議の威力を示し、監査に圧力を懸けたのではないか」と関係者は、監査の公正中立性を危んでいた。又、同福祉会の一瀬英行理事長は、同会から多額の報酬を得ていたが、常勤以外は報酬を支払ってはならないと福祉法では謳っており、「一瀬理事長に常勤の実態はない」として理事長報酬の返戻が命じられ、同理事長は最近返還している。同会の内部告発によると、落水氏は、訴訟費用を自分で払いたくないらしく「事務長(落水氏の妹婿)や、理事の報酬をアップ、その差額を訴訟費用に充てる」と云っている様だが、事実の有無は確認出来ていない。

 冒頭に書いた「福祉法人の経営権の売買」は、原告側が訴状の中ではっきり述べている訳だが、この行為自体が社会福祉法に違反しているのである。特養施設「寿徳苑」を獲得した吉良朋広氏にしても、実質は理事らの買収と法人の経営権の売買であった。しかし、この法には抜け道がある。即ち「資金援助」又は「経営を支援する」という大義名分の下に「寄付金」を提供すれば、この売買は成立する。全国何処でも行われている合法的売買である。吉良氏はまあいい、ちゃんと自腹を切って資金を提供している。許せないのが落水と云うペテン師だ。福祉法人内のトラブルに乗じそれまでのスポンサーを裏切り、仲介人という立位置を自分で作り、各理事、出資予定者を分断して自己の欲望を満す為立回った。その結果、特養入手を目的とした吉良氏の要望を満し、残りの2保育園を手中にした(と思われる)のである。だが世の中そんなに甘くない。二審判決を待って原告側は落水氏を「詐欺罪」で刑事告訴を準備しているやに聴く。


落水清弘政調会長
北地区防犯協会長下される

 左の小紙見出しは、平成21年10・11合併号1面のものである。こんな熨斗袋を小紙の読者は余り見ないであろう。本来なら、東海大の先輩で、市営墓地購入に便宜を図って謝礼金を貰って以後"刎頸の友"として市議選の度に多額の資金援助を受けて来た東氏との間で交すべき盃ではなかったか(尤も東氏は必要と思わなかったらしいが)。

 この兄弟盃が恩人とも云える東氏から吉良氏に寝返った確かな証拠である。時は平成20年8月下旬(メモには日付けもあるよ)、花園町の名門料亭で執り行われた。詳しくは同紙で報道済だがここで小紙が云いたいのは、その後も落水市議が「北地区防犯協会会長」を務めていた事である。この協会は県警と密接な関係にあり、その名の通り警察の手薄な部分の防犯に協力する組織である。この肩書きには重いものがあり、市議選でも威力を発揮するらしく、落水氏の選挙用パンフレットの経歴の中の一項目を占めている。その北地区防犯協会会長を今年の改選で下されてしまった。

 民間の組織の為警察の直接の関与はなかったというが「落水は不味いな」位は呟いたかもしれない。未練たらしく会長職は下りたが、片書きがほしいのか、落水氏は「長年会長を務めた功績で顧問にしろ」と云ったとか云わないとか。近々結果が出ると思うが、3月の一審敗訴の後である。顧問に就けるとしたら高裁で逆転勝訴するしかないだろう。次におかしいのが市議会の自民党市議団。3月に敗訴後、すぐ総選挙が行われた。当然「自民公認」はないと思ったが(一部市議は公認せずと語った)堂々と公認されているではないか。その上、当選を果すと「政調会長」のポストを与えているのである。「公認せず」と宣告した所、落水氏から「だったら俺の知っている不祥事を全部ばらす」と云われはしませんでしたか。秋にも高裁判決が下りるらしいが、落水氏側は関西の有力?弁護団を組織して逆転勝訴に自信満々で、意気軒昂らしい。祈健闘。
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