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元秘書とのW不倫 新証拠写真がこれだ
ラブホ帰りは自身で運転

  本欄下の 「幸山市長W不倫」 第一報に始った小紙の幸山政史市長と元秘書のW不倫報道は熊本市民に少からぬ衝撃を与えた。 以来断続的に市長の 「倫理欠落人格」 を追及して来たが、 昨年 (六月号) の六月市議会で北口議員がこのW不倫問題を追及した詳細報道を最後に一休みした。 落水市議らの報道も必要だったが、 連続して幸山市長問題ばかりを追及すると、 筆者が個人的に幸山市長に怨恨でも抱いていると誤解されるのを避ける意味もあった。 で、 本号から幸山政史氏の市長としての器の検証を再開する。

  幸山市長は昨年の六月議会に於て北口和皇議員の 「続発する市職員の不祥事はトップにあり、 その自覚がないのが問題。 情報紙がW不倫問題を報道しているが市長は 『事実無根』 と云うばかりで逃げている。 事実無根なら何故情報紙を告訴しないのか」 と舌鋒鋭く切り込んだのに対し、 市長は 「事実でないから告訴をしない」 と珍答、 市民の笑いを誘った。

  以前田舎の町議会で小紙報道を元に町長を追及した町議が居た。 その時町長は 「ゴロツキ新聞の書いている事に回答する必要はない」 と答弁して混乱を招いたが、 幸山政史君、 事実でなかったらそれ位の発言があってもいいと思うよ。 小紙をゴロ新聞と云うのは槍玉に挙った人物と側近、 無知な輩位のもので、 小紙としては報道内容に自信を持っている。 又、 多くの読者が小紙を支持支援してくれているという自負がありますんで 「ゴロ新聞」 と呼ばれても怒る事はありまっせん。 そう云えば、 小紙の事を 「想像で書く、 写真も想像で撮れる」 と云ったのは市長の不倫相手でしたっけ。

  幸山市長のW不倫報道に対し幸山市長や支持者は 「事実無根」 を云い張っていると聞く。 第四弾として新たな写真を添えて幸山市長W不倫問題を追及したい。 これまでの報道では、 平成二十年七月までに確認出来た写真 (ビデオからの転写を含む) を掲載したが、 今回は八月分?からである。

  平成十八年八月六日午後七時十分頃秘書の愛車ホンダシビックは市が賃貸契約を結んでいる駐車場を出て、 市役所花畑別館付近で市長を拾い新町を通って午後七時三十分頃、 花岡山の中腹に在る`いつも使用しているaラブホテルに入った。 午後八時三十分頃ホテルを出たシビックは、 これまでと同じコースを辿り全日空ニュースカイホテル前〜紺屋町〜辛島町〜花畑町の太陽生命ビルと、 みずほ銀行の間の道に左折、 タイムズ駐車場から右折して市役所花畑別館の裏口を通過、 同別館角を右折してすぐ道路左側に停車した。 筆者の車も 「今日で最後」 と思っていたので真後に停止、 ビデオカメラを構えた。 当然助手席側から幸山市長が下りるものと注視したが、 運転席側のドアが開き、 幸山市長が下りたではないか。 慌ててカメラのスイッチを入れたと思ったら切るのを忘れていた為スイッチを切ってしまったのである。 すぐ押し直したが、 その時は運転席側のドアを閉め後席のドアを開け、 後席に置いていたセカンドバックを取っている場面であった。 市長はシビックの前を横切ってMY熊本ビル横を通って市電通りに出た。 筆者は車で追い、 歩道手前で赤信号の為停車、 その前を歩いて市電通りを横切って(写真1)駐輪場前で立ち止り、 車道に向って(写真2)何か(多分公用車)を待っていた。

写真:幸山政史 W不倫1

写真:幸山政史 W不倫2



 本面の一連の写真 (ビデオテープから転写) を見て分る通り幸山市長はこの日 (八月六日) 花岡山のラブホテルに行く時は課長補佐が運転するシビックの助手席に乗っていたが、帰路は市長自身がハンドルを握ったのである。案外車好きではないかとこの時思ったが、運転もスムーズで女課長補佐よりきびきびしている感じであった。

  後席からセカンドバックを取った幸山市長はMY熊本ビルを回って市電通に沿って歩き、市営駐輪場ビルに至る横断歩道で一寸待ち、青信号で市電通りを渡った。渡り終えた幸山市長はセカンドバックを左脇に挟んで何かを待っている。この時筆者側の信号が青に変った為発進し、「市役所前電停」 手前を左に入った所で停止、すぐ駐輪場前歩道を見たが既に幸山市長の姿はなかった。推察だが、帰路公用車の運転手に駐輪場前まで迎えに来る様連絡していたものと思われる。タクシーを拾うのであれば市電通りを渡らない方が便利な事は云うまでもない。公用車で帰る理由は単純に考えて妻へのアリバイであろう。この時間 「公用で遅くなった」 と云ってタクシーで帰れば 「何故公用車でないの」 と妻は思う筈 (勝手な想像)。この日の運転日誌を見ればこの報道が 「嘘」 でない事が分る筈である。多分九時三十分頃終業となっていると思う。

  これまで幸山市長はこの課長補佐とのラブホ通いについて市議会で追求されたが、全て 「事実無根」 として退けている。せめて 「県民新聞の報道は出鱈目だ、告訴を検討している」 位は云えないものか。不倫報道が 「真実」 で如何ともし難い故の、逃げの言葉が 「事実無根」 であろう。事実を知っているのは、幸山政史市長と課長補佐、それに筆者である。加えて云うなら幸山市長の兄と父、顧問弁護士と云った所か。幸山市長は 「W不倫第一報」 後、後援会幹部、妻、父、兄を含む親族に 「あの記事は嘘だ」 と弁明したと聞く。


不倫相手は兄の親友の妻?

 第二弾、第三弾と報道が続いた結果、幸山市長は前記親族や、一部後援会幹部に 「申し訳ない」 と謝って小紙の報道を事実として認めたと云われている。不倫報道一休み後に入った情報だが、不倫報道は幸山市長の兄が早く知り、父に報告したらしい。激怒した父は幸山市長を呼びつけ 「○○ (兄の名) の親友の奥さんを寝取るとは、お前は何を考えているのか」 と怒鳴りつけた (関係者談)。この件については直接取材する訳にもゆかず未確認情報である。但し、この話を聴いて筆者自身が納得出来た部分はある。それは幸山市長が初当選して市長に就任した直後の人事異動で、別の課の係長をしていた女子職員を秘書課に持って来た点である。就任後間もないのに 「何故彼女を秘書課に異動させたか」 を二人の不倫を確認後抱き続けていた。市長の兄が熊日に在職していたので、その辺りから接点が出来、市長に当選する前から交流があったのではないか、と推察はしていたが。課長補佐氏の夫は父の職業柄東北 (福井県) で育ったと云われ、熊本には高校、大学閥はない。熊日に入社後幸山氏の兄と気が合ったのか家族同志の交流があった様だ。自分の兄の友人の妻を狙った様に部下に付け、不倫関係を結んだ幸山市長に倫理感を問いたい。


崩壊しなかった双方の家庭

 幸山政史市長が自身の意志で 「市長秘書室」 に異動させた秘書係長と男女の仲になった。その事実を小紙が初報道したのが平成二十年十月発行の九、十月合併号である (一面参照)。この号の二面で筆者は 「部下の家庭は崩壊寸前」 の見出しで夫婦仲が冷え切っている事。双方の家族崩壊を慮って報道を躊躇したと書いた。翌平成二十一年二月号一面で 「幸山市長殿責任どう取る?」 「女課長補佐の家庭遂に崩壊」 の見出しで 「課長補佐氏が夫と離婚した」 と報じたが、本欄で「課長補佐氏は離婚はしていない」 と訂正する。本号で不倫報道を再開するに当り「念の為」と確認作業を行った所、少くとも外見上は以前と変りない生活を送っている事が判明したのである。離婚報道の原点は、夫の職場の一人が 「昨年あの夫婦は離婚した」 と吹聴したこと。筆者も、夫の職場の幹部、先輩ら数人に確めた所 「離婚したらしい」 と回答。更に市議数人が自信をもって 「離婚した」と話したからである。現在他人の戸籍謄本の交付は受けられないので、裏付けのない話を報道した点深く謝ります。幸山市長の妻も「別居」と聴いたが、子供達の冬休みを利用して北九州の実家に帰っていたのが真相らしい。裏付けの重要性を改めて感じた次第。



 幸山政史氏が平成十四年十一月の市長選で初当選し、 熊本市長に就任した。 その直後に発した有名な言葉が 「本丸御殿の復元は財政的に見て無理があるので中止します」 であった。 対応した市幹部は 「既に市民からの一口城主の募金も集っており中止は出来ません」 と説明して市長に納得してもらった。 三角前市長が始めた事業の否定であったと見ると、 現在の民主党のやっている事と重なる。 歴史認識の浅さを自ら表明したと云っても過言ではないだろう。

  その幸山市長が、 一部の取巻き連中の言を容れて発想したのが 「桜の馬場観光交流施設」の建設計画と云われる。幸山氏は、市長選出馬の際、前市長の箱物行政を批判した。 だが、 箱物は箱物として必要である。 箱物造りとの批判を避ける意途があるかどうか知らないが、 市総合健康福祉センター建設でPFI方式を導入した。 桜の馬場地区整備は二度目のPFI方式の導入となるが、 花畑別館改築にもPFI方式を考えている様である。

  所で、 桜の馬場地区整備で凸版グループが選定された事は前号で書いた。 一グループしか応募がないので、 このグループ以外に選びようはなかろう。 現時点で 「何故一グループしか応募がなかったか」 の真相は把握出来ていない。 が凸版グループだけが残った経緯については盛んに煙 (火のない所に煙は立たない) が上っているので裏付けが出来次第に報道する。

  この点について、 平成二十一年三月十八日、 市議会経済委員会 (田尻将博委員長) でも重点的に採上げられた。 市議の中から 「事業者選定に当って公明性が欠けているのではないか」 の声が挙ったが、 市側は 「手続きは公正に進められている」 として見直しはしない方向性を示した。 これに対して議員側は強く反対する姿勢は示されず、 結果的に市側の思惑通りに決った経緯がある。 「最大派閥の自民党市議団よどうした」 と云いたい。 又、 熊本市中心街の商店街側からは 「熊本城を訪れた観光客を商店街に誘導出来る」 とか、 「新町、 古町方面への回遊性が高められる」 として期待の声が挙っている様だが、 果してそうなるのか、 筆者は甚だ疑問を感じている。


街中への回遊 桜の馬場で打留め

 熊本市の経済界は以前から 「熊本城の観光客を熊本経済の浮揚に生したい」 願望があったが、 郊外の大型店舗の展開で中心商店街の衰退が顕在化した近年、 願望が愈々強まった。 その表われが昨年六月十日経済三団体による 「桜の馬場地区一帯に関する要望書」 の提出である。

  この中で 「合同庁舎跡地に大型駐車場を整備、 二の丸駐車場廃止と緑化、 行幸坂の車輛進入禁止で歩行者の安全確保と、 中心市街地への回遊性が生れる」 といった主旨。

  一体この団体は何を勘違いしているのであろうか。 桜の馬場地区の開発が終れば熊本城を訪れた観光客は、 ここで食事を済まし、 みやげを買って 「はいさようなら」。 観光客だけではない、 熊本県民も物珍しさもあって桜の馬場へ押し寄せるであろう。 上通り、 下通りの飲食業者に打撃がないと云えるのか。 儲る?のは桜の馬場の飲食、 物販店だけとの発想は出来ないのか。


合同庁舎跡地利用の駐車場
桜の馬場整備計画時には白紙

 上の予想図に見る通り、 合同庁舎跡地に大型駐車場が出来るのは確定的である (緑地や他の施設は流動的)。

  この駐車場から桜の馬場メイン施設である 「歴史文化体験施設」 「城下町風飲食、 物販店街」 を案内、 その後本丸御殿、 天守閣のある本丸広場に案内するのか、 その逆か。 これまでは熊本城の観光客は二の丸駐車場〜西大手櫓門〜頬当御門〜本丸広場の流れであった。 これで四十年間やって来たのである。 一般の観光客、 旅行会社も大方はこのコースを 「熊本城観光」 と位置付けていたのではないか。

  その原因の一つに熊本城の雄大さがある (広過ぎる)。 清正公が築いた独特の石垣、 通称武者返し (正しくは 「はねだし式」) は石垣が上方にいくに従って垂直になっており、 見る角度によって鋭尖なラインを描く。 この石垣や多くの井戸なども歴史を知る上で必要と思うが、 現代人はせっかちだ。 本丸御殿と天守閣に上るだけで満足するらしい。 所用時間は六〇〜九〇分とか。

  この観光客を 「只で帰すのは勿体無い」 とばかりに考えついたのが桜の馬場開発ではないか。 名前の通り、 桜樹に囲まれて馬場があったらしいが、 その一部を捉えて施設の周囲に桜を植樹する計画だ。 が、 一寸待ってほしい。 桜木は毛虫がつき易いし枝が低く横に広がる。 見頃は春の開花時の旬日だけで、 くそ暑い夏の日避けにもならない。 企画提案者 (社) も受入れ側も 「桜」 に拘わっただけの浅知恵ではないか。 植樹するなら熊本を代表する楠がある、 銀杏があるではないか。 元々合同庁舎跡地の利用については、 熊本城復元計画の中で 「若し合同庁舎がなくなったら桜の馬場当時の姿に復元する」 という案があったのである (元市幹部)。

  県から県営プールが市に渡った時点では何らの跡地利用案はなかったという。 それをどう勘違いしたのか幸山市長は 「商店街の活性化に繋げる。 来城者の持て成しと城内滞留時間を延ばす事で熊本市内の宿泊客も増える」 として整備に突き進んでいるのである。

  合同庁舎移転については、 平成十三年に国側と合意、 合同庁舎は新幹線開通に伴う駅前整備の一環として駅前に移転が決定した。 その後市長に就任した幸山氏だが、 合同庁舎跡地については白紙状態が続いた。 国側 (財務局) は、 現庁舎一帯の資産を処分し、 その収入も併せて新庁舎の建設を予定していた為熊本市に買取りを希望していた。 「幸山市長は熊本市の将来像など考える力はない。 場当り的な政策を考えるだけで精一杯だ」 とは現役の幹部。

  合同庁舎問題については熊日平成二十一年五月二十七日付 「合同庁舎移転後の跡地どうする?」 の五段抜きの見出し記事で詳しく記されている。 そしてばたばたと決ったのが二の丸駐車場を合同庁舎跡地に移すの愚案である。 シャトルバス、 動く歩道説があるがエコに逆行する案である。





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